曇りのち晴れ



「もう、我慢できない。こんな家出てくっ!!!」
靴を履くのももどかしく、捨て台詞を吐くと部屋を飛び出した。
あんまり怒りすぎて頭はカッカするし、目はチカチカする。
追いかけて来ても絶対掴まらないように初めは駆け足で。
そのうち息切れがしてきて、速度を緩めて歩く。
…………

もし、後ろにいるんだったら、振り返ったりするところ絶対に見られたくない。
追いかけて来てるのだろうか?
振り返りたい。
だけど、期待しているという風に思われたくない。
横の景色を見ている振りして、チラッと後ろを見たけど、誰もいなかった。
立ち止まって振り返ってみる。
やっぱり誰もいない。
追いかけて来てもくれなかった。
そのことにまた腹が立つ。
あたしがどうなってもいいのね?
あいつ、あたしのこと本当は好きじゃないんだ。
好きなんて滅多に言われたことないし。
あたしが出て行って清々してるのかも。
心配させてやる。
今夜は帰ってやんない。
…………

だけど、勢いで出てきちゃったから、何も持っていない。
携帯もお財布も全部部屋に置いてあるハンドバッグの中。
どうしよう?
もう遅いし。
部屋着で出てきちゃったからちょっと寒い。
でも、このまま大人しく帰るなんてプライドが許さない。
あたしが風邪ひいたらあいつの所為だよ。
あたしがここで襲われて殺されでもしたら、あいつは悲しむのだろうか?
いくらあいつが悲しんでも、それはやっぱり嫌だ。
…………

どうしよう?
このあたりの住宅地はこの時間になると滅多に人が通らない。
ちょっと怖くなってきた。
帰ろうか?
あいつ、一応引き止めてくれようとしてたよね?
言い訳なんて聞きたくないって怒鳴っちゃったけど、話ぐらい聞いてやってもよかったかな?
ここはあたしが折れてやるか。
重たい足取りで引き返す。
…………

だけど、絶対あたしは謝ってなんかやんない。
あいつが悪いんじゃん。
確かに何もなかったんだろうけど。
あいつにとっては濡れ衣かも知れないけど。
あたしをこんな不安にさせたのが悪い。
向こうから謝ってきたら許してやってもいいかな?
もう少し困らせてから許してやろうかな?
気付かぬうちに急ぎ足になっている。
…………

アパートのある通りの角を曲がると、見覚えのある人影が見えた。
向かいの駐車場の低い塀に腰掛けている。
黙ったまま近づいた。
ちょっと離れた所にあたしが座るとチラッとこっちを見る。
知らん振り、知らん振り。
「……」
「……」
ずーっと続く沈黙。
何で何も言わないのよ?
黙ってるあいつにイライラする。
…………

急に立ち上がったあいつ。
思わず追いかけようと腰を浮かした。
ああ、なんだ。
販売機で飲み物を買って来るだけか。
慌てて座り直す。
戻ってきたあいつは、黙って暖かいお茶の缶をあたしに差し出した。
受け取ってなんかやんない。
知らん振りしていると、あたしの横に缶を置いて、自分のコーヒーを飲み始めた。
この塀、冷たいよね。
お尻が冷えちゃった。
暖かいお茶が飲みたいけど、あいつのくれる物なんか飲みたくない。
…………

沈黙に耐えられなくなったあたしが口を開きかけた時、あいつがぼそっと言った。
「俺、沙耶が好きだ」
「……」
反則だよ。
どうして今ここで、そんなこと言うのよ。
泣いちゃ駄目。
泣いたら負けだよ。
だけど、耐え切れず涙がぼろっと零れた。
あいつの方を見ないまま、お茶の缶を取って開けようとした。
…………!!!!!

いつの間にか側に来たあいつに抱き締められた。
「離して」
「嫌だ」
あーあ、もう涙が止まんない。
暖かい腕の中。
世界一安心できる場所。
泣き止むまで頭を撫でてくれた。
トクン、トクン、トクン、トクン、…
心臓の音。
落ち着く。
…………

「そろそろ帰るか?」
「…うん」
彼の顔を見るのが照れ臭い。
泣いた目は熱いけど、頬が緩んでしまう。
手を繋いでアパートまでの数歩を歩く。
ポケットには暖かいお茶の缶。
「ねえ」
「ん?」
「ちゃんと聞くから話してくれる?」
「うん」
心の中でさっきはごめんねと呟いてみる。
彼の話を聞いた後で言ってあげようかな?
言葉って不思議だね。
簡単な一言で人を傷つけることもあれば、すっごく幸せにすることもできる。
素直じゃないあたしだけど。
意地っ張りなあたしだけど。
後で言ってあげるね。
魔法の言葉。
「ごめんね」「好きだよ」





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