夏の夜の夢



その日、恵は中学時代からの親友のシルビーにパーティーに誘われていた。

高校、大学では専攻する分野が違ったため別れてしまったが、今も時々一緒に遊びに行く仲である。

「でも、知らない人の家なのに、私が行ってもいいの?」

「うん、全然構わないよ。友達大勢連れて来てって言われてるから」

パーティーの会場は、恵達の住んでいる町から電車で1時間程の町にあった。

シルビーの行っている大学では、いつ勉強しているのかと思う程皆お祭り好きで、頻繁に大掛かりなパーティーが開かれているようだ。

駅でシルビーと待ち合わせている。

「メグミー!!!こっちこっち」

「お待たせ」

待ち合わせの場所には、シルビーの友達と思われる恵の知らない女の子が二人いた。

「紹介するね。同じ大学のマージョリーとナタリー。こちらは中学校で一緒だったメグミ」

「今晩は」

「初めまして」

「よろしく」

マージョリーは黒い巻き毛でナタリーは金髪のストレートだ。

シルビーはそのどちらでもなく、栗色の長い髪をくるくると纏めて頭の天辺でバレッタで留めていた。

「メグミ、切符買った?」

「まだ」

「じゃ、一緒に行こう」

こんな時間にこの電車に乗るのは初めて。

ラッシュアワーは過ぎたようで、電車は空いていた。

4人掛けの座席に座った。

シルビーは久し振りに二人に会ったらしく、おしゃべりが止まらない。

シルビー達が通っている大学の話なので、恵は聞きながら窓から流れる景色を眺めていた。

もうここら辺は田舎だ。

3人の会話が耳に入ってくる。

「そういえば、今夜ってリュカは来るの?」

「知らないけど来るんじゃないの」

それから暫く3人はゲラゲラ笑いながら、リュカが過去に引き起こした事件について色々話していた。

(ふーん、面白そうな人)

(人気者なんだ)

駅に着いた。

もう夕飯の時間なのにまだ外は明るかった。

パーティー会場までは、ここから10分程歩くらしい。

この時期は一年で一番日が長い。

晴れる日が多く一番気持ちのよい季節だ。

恵は本番の夏になる前のこの時期が好きだった。

パーティー会場は町の体育館だった。

中には既に50人程の人が集まって、ガヤガヤしている。

隅の方には脚の上に板を乗せただけの即席テーブルがあり、飲み物やスナックが乗っている。

「久し振りー、元気だった?」

「今晩は、シルビー」

「久し振り!!」

「シルビー、待ってたよ!!」

美人で明るいシルビーは人気者で、女も男も声をかけてくる。

そのうちの何人かは隣にいる恵に気付き、シルビーに尋ねてきた。

「友達?」

「うん、中学時代からの友達でメグミっていうの」

「あぁ、シルビーがいつも話している幼馴染ね」

「初めまして」

皆挨拶の後、軽く世間話をして、また後でねと言って別のグループの方に行ってしまう。

「メグミ、何か飲む?」

「うん。何があるのかな?」

自分達が持って来たワインとジュースをテーブルに置くと、シルビーはプラスチックのコップを取ってテーブルに並んでいる飲み物を眺めた。

「うーん」

その時、テーブルに近づいて来たずんぐりした男がシルビーを見て嬉しそうに笑った。

「シルビー、今晩は」

「ポール、今日はお招きありがとう。あっ、紹介するね」

ボールもシルビーからよく恵の話を聞いていたと言った。

中学校が一緒だったとっても頭のいい友達がいるんだよと話したらしい。

「じゃ、どうぞごゆっくり。あっちにナディアが作ったサングリアがあるよ」

そう言うとポールは空になったボトルを集めて廊下に出て行った。

その後姿を見送って恵はシルビーに言った。

「ポールって親切な人だね」

「うん。彼は天使だよ」

恵はサングリアの入ったコップを持って、シルビーについて行った。

シルビー以外誰も知っている人がいないんだから仕方がないけれど、そんな金魚の糞みたいな自分が嫌だった。

恵は特に内気な性格という訳ではなく、どちらかといえば結構話す方だった。

それでも、グループで集まっておしゃべりしている全然知らない人に、自分から声をかけるのは相当勇気がいる。

恵はサングリアを飲み干すと、シルビーに踊って来ると言ってダンスフロアに足を踏み入れた。

まだ早いので踊っている人は疎らだが、2、3年前に流行った曲が流れている。

一人でステップを踏んでいると最初はちょっと虚しかったけど、段々音が体に染み込んでくる。

頭をからっぽにして、リズムに乗って体を動かす。

恵は踊ることが好きだった。

少しすると回りに人が増えてきた。

のっぽの彼氏を連れたおかっぱの女の子が踊りながら恵に話しかけた。

「一人なの?私達と一緒に踊ろう」

「うん、ありがとう」

一人で踊っている自分が可哀想で声をかけてくれたのだろうか?

暫くそのカップルと向かい合って踊る。

親切な人だなって思うけど、ちょっと居心地が悪い。

目が合うとその女の子はにっこりと微笑んだ。

「メグミ」

いつの間にか側に来ていたシルビーに声をかけられた。

シルビーに微笑み返し一緒に踊る。

シルビーはとてもセクシーな体をしている。

恵は自分の貧相な体を思い浮かべ、シルビーに分からないように溜息をついた。

メグミは可愛いと友達には言われる。

顔はそんなに悪くないと思う。

けれども、やっぱりどうしても体にはコンプレックスを感じてしまう。

高校最後の年、初めてできた彼氏に言われた一言がいまだにトラウマとなっているのだ。

「小学生みたいな胸だね」

その彼とはそれ以外にも色々と合わなくて、結局数ヶ月で別れた。

初めての彼氏だったので、恵は色々と努力をしたのだが無駄だった。

確かにシルビーと比べたら、自分は小学生の体型だろう。

それから恵は恋愛に臆病になってしまい、なかなか彼氏ができなかった。

やっと大学の同じクラスの人を好きになったら、先日失恋してしまった。

告白する間もなかった。

恵がもたもたしている間に、同じクラスの別な女が告白してOKもらってしまったのだ。

過去の経験から、失恋に一番効く薬は新しい恋をみつけることだと知っている。

そんな訳で今日は新しい出会いを少々期待してパーティーに来ている。

速いテンポの曲が終わると、シルビーは手をパタパタさせて顔を扇ぎながら恵に言った。

「熱いー!!!ちょっと休憩しない?」

「うん」

「外に涼みに行こう」

連れ立って出口の方に向かった。

扉の前に何人かの女の子が寄りかかっておしゃべりしている。

階段に腰掛けている子がシルビーに話しかけてくる。

「さっきリュカから電話あったよ。もうすぐ着くって」

「ふうん」

「お兄さんと一緒みたいよ」

「へえー」

「あー、それでね。その時リュカったら…」

女の子達はリュカの話を続けている。

恵もシルビーの隣でその話を興味深く聞いていた。

(どんな人なんだろう?)

(もうすぐ来るんだよね?)

「リュカって私達と同じ大学で、すっごくいい奴なんだ」

シルビーが恵に説明する。

その時、外がガヤガヤと騒がしくなり、恵の足元に座っていた女の子が言った。

「来た」

そして恵は噂のリュカを見た。

入り口の所にいた女の子達に笑顔で挨拶している。

冗談を言って女の子達を笑わしている。

リュカは中肉中背で、黒い硬そうな短い髪と印象的な黒い瞳を持っていた。

笑顔はまるで悪戯っ子のようだった。

シルビーがリュカに恵を紹介する。

リュカが恵を見つめた時、恵の心臓はドキンと跳ね上がった。

一目惚れとはこういうことを言うのだろう。

どちらかといえば、リュカの兄のトマスの方が背も高く格好がよいと言えただろう。

しかし、恵の目には最早リュカしか映っていなかった。

皆に混じって踊りながら、恵はずっとリュカを目で追っていた。

今リュカがどこにいるかと誰かに聞かれたら、即座に答えられただろう。

そして、ダンスフロアにゆったりとした曲が流れ始めた瞬間、恵は必死に祈っていた。

恵の大好きな曲だ。

(リュカと一緒に踊りたい)

(リュカが誘ってくれますように)

(お願い、どうか…)

リュカはダンスフロアをゆっくり見渡すと、自分を見つめている恵に気付いた。

(私を誘って)

恵は願いを込めて、息もせずにリュカを見つめている。

ふと笑みを漏らしたリュカが恵の前に来る。

そして、恵に手を差し出した。

恵はその手を取るとぴったりと寄り添った。

幸せだった。

今夜のことを絶対に忘れないだろうと思った。

リュカは恵と踊りながら色々と話しかけ、笑わせた。

お蔭で恵は緊張することもなく、暖かい気持ちになった。

曲が終わると自然と二人は離れた。

その後、リュカは他の人達と話していたが、恵は近寄らずに遠くから見ていた。

シルビーは頭痛がすると言って、ポールの家に寝に行ってしまった。

恵は暫くマージョリーとナタリーと話していたが、彼女達も寝に行くと言ったので一緒にポールの家に向かった。

車で来ていない人達はポールの家に泊まる予定だった。

ポールの家は3階建てでとても広かったが、既にどこにもごちゃごちゃ人がいて恵は途方にくれた。

(どこで寝ればいいんだろう?)

「ここ寝袋がひとつ空いてるよー!!」

ポールが皆に呼びかけてる。

人の寝袋で寝るのは嫌だなと恵が思っていると、リュカがブランケットを持って側に来た。

「下のリビングのソファが空いてるから、これ持ってって寝ろよ」

「えっ、でもリュカは?」

「俺はその汚い寝袋を借りる」

「悪いよ」

「いいから」

「ありがとう」

ブランケットを押し付けられた恵は階段を下りてソファに横になった。

(優しいんだ)

(もう少し一緒にいたかったな)

色々考えていたがいつの間にか眠っていたようで、目が覚めると既に明るくなっていた。

トイレと洗面所に行ってから台所に行くと既にポールとナディア、シルビー達が起きていた。

「よく眠れた?」

「うん。頭痛は?」

「眠ったらよくなったよ」

「男達がパン買いに行ったから」

「メグミは朝はコーヒー?それとも紅茶?」

「紅茶」

大きなマグに入れてもらった紅茶を啜っていると、大きな袋一杯にパンを買ったリュカ達が戻ってきた。

まだ眠いのか今朝は皆口数が少ない。

「ボチボチ帰るか」

恵はリュカとトマス、シルビー、マージョリー、ナタリーと一緒に駅に向かった。

今日も朝から素晴らしいお天気だ。

もうすぐ夏休み。

リュカとトマスは夏休みに兄弟で旅行に行く予定だそうだ。

恵は一年前大学の友達と同じような旅行をしたので、その話で盛り上がった。

電車は混んでいて座れなかったが、手すりに掴まってずっとおしゃべりを楽しんだ。

恵はリュカの連絡先を聞きたかったが、皆の前で言い出せずにいた。

結局、降りた駅で別れるまで、聞くことができなかった。

「よい休暇を」

「またな」

(また会いたいな)

(夏休みが終わったらまた会えるかな?)

夏のある朝、恵の恋はまだ始まったばかり。









- 20年後 –

もうすぐ夏休み。

夫は昨日から出張で家を空けており、恵は娘の麻奈と朝食を取っていた。

「ねえ、お母さん」

「どうしたの?」

「お母さんは一目惚れって信じる?」

「あれっ、麻奈ったら好きな人できたの?」

「いいから教えてよ」

「うーん、どうかなぁ。外見が気に入ったからって中身もいいとは限らないと思うけど」

「でも、お父さんはお母さんに一目惚れしたって言ってたよ」

「そうだね。一目惚れかどうか分からないけれど、この人だって閃いて、付き合ってみてやっぱりこの人だと確認できるっていうことはあると思うよ」

「ふーん。がっかりすることもあるんだよね」

「麻奈はそうじゃないことを祈るよ。その子と話してみたら?」

麻奈は何も答えず、勢いよく立ち上がると食卓を離れた。

「いってきます」

麻奈が出て行ったドアを見つめる。

娘にはああ言ったけど、やっぱり一目惚れってあるんじゃないかしら?

20年も前の思い出。

あの夏の夜、リュカに会った時のことを思い出す。

……目が合った瞬間、運命を感じたんだ。





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